お坊さんが身にまとう「袈裟」というものをご存知だろうか?
要するにお坊さんが着てる法衣の事なのだが……それはその国々の宗教等によってデザインは様々で、タイのお坊さんは主に黄色い袈裟を身にまとっている。
日本でも見かけた事のある人も少なくないのではないだろうか?
黄色い派手な布を身にまとい、頭をキレイに剃り上げ、履物はサンダル、シンプルな麻か布のバッグを肩にかけてるのがスタンダードな印象である。
そしてこの「袈裟」をめぐって僕はタイでちょっとした騒ぎを起こす事になるのだった。
もうこの頃になると、何度もタイを往復してるせいか、バンコクの町並みや人々の生活などに少しだけマンネリを感じていた。
いや!バンコクでの自分の在り方について疑問を感じていた。
もちろんそれでもタイの空気を吸えるだけでも幸せだと感じるのだが、すでに思いつく限りの事はもう殆どやり尽くしていた僕は、何か面白い事はないかとタイに来てまで考え出す様になっていた。
昼はだいたいカオサン通りやショッピングモールをフラフラし、ちょっと疲れたなと思ったらタイマッサージを受け、そして夜になれば我らが聖地GOGOバーへ足を運ぶ!
これがバンコクで過ごす一連の流れとなっていた。
もちろん!これは僕にとってこの上ない贅沢であり、これ以上の事は望まずとも十分な筈なのだが……人にはどうしても「慣れ」と「欲」というものがある。
大好きなタイにいてもそれは例外ではない。
そこで僕は思いついてしまった……
「よし!タイのお坊さんの袈裟を着てみよう!」と。
タイの仏教(上座仏教)は我々日本人が想像してる以上に宗教の戒律が厳しく、またタイの人々の信仰心はというと、それはもうめちゃめちゃ深い!
成人男性は通過儀礼として一度は出家するのが慣しとなっており、出家しなければ一人前とみなされず、仏門後、還俗するまでは厳しい戒律を守らなければならない。
その戒律の中には、歩き方や食事作法、恋愛は愚か女性に触れる事さえ許されないといったものまである。
227にも及ぶ膨大な数の戒律を遵守しなければならないタイの僧侶は、国民から深く尊敬される存在であり、人々はお坊さんを見掛けると手を合わせ、そして拝む。
出家の際にもその両親は自分の息子に対して膝をつき、合掌して拝む程なのである。
そんな徳の高い僧侶の「袈裟」を着るという事は、触れてはいけないタイのタヴーに触れる事になる。
これから話すこの話をタイ人、またはタイを良く知っている人が聞いたら「おまえは何を考えてるんだ」ときっと真顔でお叱りを受けるだろう。
人間の慣れというものは時に恐ろしいもので、タイの観光ブックにも必ず記載されているこの宗教関係のタヴーすら疎かにしてしまうほど愚かになってしまう場合もある。
無論、これは僕に限っての事かもしれないが。
「袈裟」を着る事によって完全体の愚か者になろうとしていた僕は、当時お付き合いしていたタイ人の彼女に「あのお坊さんの着てるやつ欲しいんだけど何処に売ってるの?」と聞いたら「え!?どうして?」と驚かれたが「いや、着てみたいから」と言うと問答無用でダメ!と叱られてしまった。
それもその筈、理由は上で説明した通りそんな事をすれば神聖なタイの仏教を汚す事になる。
僧侶以外の人間があの袈裟を着るなど言語道断なのは周知の事実なのだが、僕はこの時、あの「黄色い袈裟」で頭の中が一杯だった。
どうしても着てみたい!そしてピースとかして写真を撮りたい!
まるで小学生並の幼稚さだが、こうなったらもう後には引けない……
何がなんでもあの袈裟を着る! とそう心に決めていた。
しかし、着ようにも何処に売ってるか分からない僕は何度も彼女に聞いたが、当然教えてもらえなかった。
そんな最中、ブツクサ文句を言いながらタクシーに乗っていると……
見つけた!タイの仏具屋!
ここならきっと売ってるはずだ!
すかさずタクシーを止め、その仏具屋へ駆け込んだ。
その後ろで僕の彼女は、あちゃー見つけちゃったよこの人!といった表情をしていたが、そんな事は御構い無しで仏具屋のおばちゃんに尋ねた。
「あのぉ袈裟下さい!」
すると、あんた正気か!? と苦い表情をする仏具屋のおばちゃん。
仏具屋
「これを買って一体どうする気だい?」
僕
「着るんです!」
仏具屋
「あんた、僧侶にでもなるつもりかい?」
僕
「いや、なりません!」
と、こんな様な押し問答を何度か繰り返した後、仏具屋のおばちゃんから10分くらい説教をされた。
それでも僕は観念しないもんだから、遂におばちゃんも折れてこの「袈裟」を売ってくれるという事になった。
その時おばちゃんは僕にこう言った。
「ダメだと言ってもあなたはこれを着るだろうから、これ以上なにも言わないけど、これ着て絶対外を歩いちゃダメだめよ。それから毎日この袈裟に向かって手を合わせて拝みなさい」
ありがとう!おばちゃん!
そして僕はその仏具屋を後にした……
ホテルに戻った僕は絶好調だった!
これでやっと念願の「黄色い袈裟」を着る事ができる! あとはこれを着てピースをしながら写真を撮れば良いだけだ!
袋から取り出したその「黄色い袈裟」は眩しく、そして黄金の輝きを放っている様にも見えた!
さぁ!着てみよう!と思ったが困った事に着方が分からない……
「ねぇ?これどうやって着るの?」
と彼女に聞いたが、案の定教えてくれなかった。
どころかもう僕が袈裟の話をしても完全に無視されるまでになっていた。
もういい!だったらホテルのフロントに行って聞いてやる!
僕はその袈裟を持ってホテルのフロントまで行きホテルマンに尋ねた。
「これ着たいんだけど、どうすればいいの?」
するとやはり苦い表情を見せるホテルマン。
この袈裟の話をすると決まって誰もが苦い表情をするのだが、一人くらいアウトローがいたっていいだろう!
と、そう思ったが、タイでは国民の95%以上がこの上座仏教を信仰している為、残りの5%のアウトローに出会う確率など皆無だった。
5%のアウトローなんて言ったら失礼だが、タイ国民でもこの5%の中にイスラム教徒やヒンドゥ教徒も含まれている。
それにしたってただ袈裟を着るだけの行為がそんなにいけない事なのか?
それにタイの僧侶といえども同じ人間! 長い仏教の歴史の中で坊主が間違いを起こした事だってあるに決まってる!
実際、観光でタイへ訪れた日本人女性がタイのお坊さんにナンパされた!という話を聞いた事もあれば、僧侶の身成をして街を練歩き、お布施を頂戴していたという事件だって過去にある。
無論これは稀であり、だからって僕が袈裟を着て良いかどうかという理由には繋がらないわけだが。
僕のタイ人の彼女も信仰心がとにかく厚い人で、就寝前は仏像のペンダントを枕の上に置き、手を合わせて頭を下げ、これを三回繰り返す。
またタイの街には至る所に仏様が奉られており、それを見かける度に手を合わせ拝んだりもしていた。
それほどまでに信仰心の厚い彼女に対し「ねぇ?これどうやって着ればいいの?」なんて完全に侮辱してるとしか思えない。
しかし!この時の僕はそんな事などお構いなしの愚か者!
ホテルマンがダメなら、もうこの方法しかない!
" 寺へ行ってちょくせつ坊さんに聞く "
もうこれしかないと思った僕はタクシーを捕まえて「ここから一番近い寺まで連れてってくれ」と告げ、最後の砦へと向かった。
そこは結構敷地の広いお寺だったので、参拝者も多かったが、寺に来たからにはまずは参拝をしようと、20バーツ(約60円)で参拝用に用意されてる花や果物、線香等を受け取り、お坊さんの所へ持って行く。
お寺へ行くと、どこそこにお坊さんが座っていてお経の様なものを唱えているので、静かにそこの前へ行き、お供え物を置く。
それからお坊さんに手を合わせ、拝み、水を掛けられ、経が終わるのを待つ。
そしてその数分後、お坊さんのお経が止まった。
近くに他の参拝者もいない。
今しかない!
が、待てよ? 今までストレートに袈裟の話をして良い顔された試しがないどころか、軽蔑の眼差しすら向けられてきた。
だったら今度は出方を変えてみよう! 今まで露骨過ぎたから失敗したのかもしれない。
「いやぁ~タイって、本当に素晴しい国ですよねぇ」
まずは世間話!そこから入る。
「それにしてもその、今お召になられてる黄色いその…ソレ!ステキですね」
そして褒める!坊主だって褒められりゃ悪い気分はしない筈だ。
ここまできたら後は本題をぶつけるだけだ!
「僕もね?その素敵なソレと同じものを持ってるんですけど、いやいや、どーも着方が分からなくて困ってるんですよぉアハハ」
と目の前のお坊さんが着てるソレと同じ「黄色い袈裟」を出して見せた。
その瞬間、坊さんの顔色が変わる。
答えはもちろん「NO!」
幸いそのお坊さんから咎められる事はなかったが、最後の方法がダメとなった今、もう途方にくれるしかなかった。
そして " 僕の「黄色い袈裟」" をもってホテルへ戻り、彼女に僕の袈裟へ対する思いをもう一度ぶつけてみた。
「頼む!一度でいいから着させてくれ!一度でいいから!」
そこで遂に彼女はキレた!
「あんたね、何回言ったら分かるのよ!」
それから先は全部タイ語で言われたので内容は分からなかったが、その怒る様は尋常ではなかった。
しかし僕の袈裟への思いだってそりゃもう相当なものだ!
僕は彼女と言い合いになり、最終的に僕が取った手段は……
youtubeでドリフターズの坊さんのコントを彼女へ見せる事だった。
「ほら!見てみろ!日本じゃこんな事が許されるんだぞ!」
もしも、タイでドリフターズがやる様なお坊さんをネタにしたコントが放映されたとしたら大問題なんてどころの話じゃない。
そりゃ日本の仏教もしっかりしたルートもあれば長い歴史だってある。
日本の仏教だって神聖なものに違いはない!
しかし一体なんだろうこの違いは。
なぜ日本では坊さんのコントが許されてタイでは許されないのか。
おそらく僕が日本で日本の坊さんの袈裟を着て歩いても誰からもお咎めはないだろう。
せいぜい「なんだあいつは」と変な目で見られる程度で済むはず。
しかしこれがタイだったら変な目で見られるどころか、警察に捕まってしまう。
僕は何も袈裟を着て外を歩きたいわけじゃない!
ここまでの成り行きでこの袈裟というものがどれだけ崇高な物なのかも理解できたつもりだ。
だからって僕が袈裟を着たところで人に迷惑がかかる訳でもないじゃないか。
ただ人知れずホテルの一室で静かに袈裟に身を包むだけ……それがそんなにいけない事なのか!?
タイの仏さんよ、あんたはこれをどう思う?
遠路はるばる日本から訪れた一人の若者が、たった一度の「袈裟に身を包む」という有り難き恩恵を授かりたいと願い、もがき苦しむその姿をあんたはどう捉える!?
ここまでか……ここまでなのか……
その「黄色い袈裟」を大事に抱え、ベッドの上で一人それを見つめる自分。
そんな僕を見兼ねてか、彼女はついにこう言ってくれた。
「一度だけだからね」
やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
飛び上がりたくなるほど嬉しい一言だった。
そして彼女はゆっくり、一つ一つ丁寧にそれを着せてくれた。
憧れの「黄色い袈裟」遂にそれに身を包む事ができたのだ!
すると驚く事が……
彼女は手を合わせ、目を瞑り、そして僕を拝んだのだ!
なんて……なんてイイ気分なんだぁ!
まぁ正確には僕が着ているその袈裟に拝んだのだが……
感じる……感じるぞ!何かこう、底から沸き上がってくるなんていうか……オーラみたいなアレが!
そんな事あるわきゃない。
が、袈裟を着た自分にオルガズムを感じていた僕は、合掌しながらホテルの狭い部屋の中をブツブツとお経にも似た変な言葉を発しながらグルグル歩き回っていた。
そしてすぐにまた叱られたのは言うまでもない……
この時、僕は齢28歳。
本当にバカだった。
僕の我侭で振り回してしまったこの彼女には本当に申し訳ない事をしたと反省している。
そして、もう二度とこの「黄色い袈裟」を身につける事はないだろう。
いつかまたタイへ行った時、この袈裟をタイのお寺へ納めに行こうと思います。
【あとがき】
この袈裟の下りの話をすると「何で着たいと思ったの?」と聞かれる事が多いのだが、何でだったのか自分でも良く分かりません。あの袈裟に対しての物珍しさからなのか、思い出に!とでも思ったのか、とにかくあれを着てみたい!という一心だったのは憶えています。今にして思えば本当にバカな事をしたもんだと思います。行き過ぎたおふざけはよろしくない。タイでは王室関係と宗教関係はシャレにならないタイの2大タヴーなのだから。そして、皆さんタイへ訪れる機会があったら、一度寺院へ参拝しに行ってみて下さい。またちょっと変わった体験が出来るかと思います。タイの寺院独特の参拝の仕方や一般タイ人の信仰深さを垣間みれるでしょう。今回はGOGOバーの話とは大きくズレましたが、次回はタイのお宅訪問編を書きたいと思います。
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