(後編)Wreck Beach ~越えてはいけない一線~

我々人間には様々な "欲" がある。

食欲、睡眠欲、物欲、支配欲……

それらは人が生まれながらにして持っている性であり、我々は常にこの "欲" と共存しながら日々の生活をおくっている。

この"欲"を理性によって上手くコントロールする事で我々は健やかなる日常を過ごす事ができるのだ。

しかしその中でも 最も突発的衝動に駆られやすい魅惑的且つ危険極りない欲望それは……

"色欲"

これは人にとってなくてはならない必要不可欠なものであり、これなくして人類の繁栄は望めない。

そして何より理性のコントロールが最も難しい欲の1つと言えるだろう

もしもそれが誤った方向に進んでしまえば、その行き着く先に待っているのは取り返しのつかない後悔……

一度道を踏み外せば快楽という名の迷宮から抜け出せなくなってしまう。

もしもあなたがそんな"色欲"を掻き立てられる場面に遭遇したら、そしてその欲望を思う存分ぶつける事が許される状況であったなら、そのお股に携えた自慢の名刀を鞘に納める術をあなたはお持ちだろうか……?

え〜大分前置きが長くなりましたが、前回「Wreck Beach ~裸の軌跡~」でご紹介したヌーディストビーチと裸の日本人とのその後のエピソードをご紹介。

裸の日本人と奇跡の出逢いを果たしたあの日、僕らは裸で裸の会談にふけっていた。

雲一つない透き通る様な青い空の下、大の男2人が素っ裸になりあぐらをかきながら面と向かって話に華をさかせていると、何処からともなくピンク色の気配が現れた……

「ハ〜イ!」

それはあまりに突然だった……

美人な白人女性が僕らの真横に腰を下ろしてきたのだ。

しかも2人同時に!

更に寄り添う様な形で真横にピタリと!

このwreck beach (ヌーディストビーチ) に訪れている多くの人はとても気さくでフレンドリーな性格の人が多い。

もともとこういうビーチで裸になるという行為は、恐らくLove & Peace を理念においたヒッピー文化の影響が大きい。

このヒッピー文化は主にアメリカで1960年から70年前半にかけて、ベトナム戦争を背景に若者達が起こした流行であり、反戦運動や人種差別問題、近代の政治や社会への疑問を発端に自由、愛、平和を思想とした当時のサブカルチャーとしてその影響はファッションや音楽にまで及び、中には自然回帰を訴え意図して裸になる者まで現れるという当時、大きな社会問題にまで発展した一大ムーブメントである。

そういった思想を持つヒッピー達は非常にフレンドリーであり誰彼構わず笑顔でお喋りをするという印象がとても強く見受けられる。

「武器より花を」

だって彼らはこの言葉の通り、愛と平和を称える人々なのだから。

そして大なり小なりその思想に影響された現代のヒッピー達がこのヌーディストビーチには多いのだ。

なので、他人同士が仲むつましくお喋りするという行為は人が息を吸って吐くのと同じくらいこの場所では至って自然なのかもしれない。

ただ、フレンドリーに話しかけるというのはナンパという意味ではなく、あたかも友人かの様に世間話などをしてお喋りを楽しむという事であり、基本的にはそこに男女の駆け引きや色仕掛けなどがある訳ではない。

とは言ってもその陽気に僕らに話しかけてきた彼女達の "自然な行為" は僕にそれ以上の何かを期待させてしまうという気持ちは否めない。

ましてやそれが美人であるなら尚の事、胸の奥にある何かが熱くなってしまうのは致し方ない事なのかもしれない。

とはいえこの神聖なヌーディストビーチで女性を口説くという行為に及べばそれは明らかに場違いな行為にあたる。

それゆえ決して悟られてはいけない。

僕の中に潜む下心という名の魔物を必死で抑えこんでいるという胸の内を!

そんな僕の心境をよそに彼女達はピタリと僕に密着した状態で隣に座っている。

清潔感漂う美しいブロンドの髪からシャンプーの良い香りがフワッと鼻をつく……

密着状態にある彼女の肌から伝わってくる暖かい体温と柔らかい肌触りが僕の心拍数に拍車をかけていた。

時折 クスっと笑う彼女の吐息が肌に触れる度、鼓動の脈が一瞬大きく揺れるのが分かる。

嗚呼、神よ。

あなたはなんという試練をお与え下さったのか。

"ヌーディストビーチにおいて惚れた腫れたの色恋沙汰慎むべからず"

この暗黙の制約を破ればそれこそもう二度とこの地に足を踏み入れられなくなる。

僕と対面に座る先ほど出会った裸の日本人、彼の表情は最初に僕に見せた笑顔のまま微動だにしない。

今しがた眩しい陽の光と共に神々しく裸で登場したまでは良いが彼だって人間だ。

この状況に何も感じていない訳ではないだろう。

見方を変えれば全く変化を見せない彼の微笑んだ表情の裏にいやらしさが潜んでいる様にも見えなくもない。

が、この男一体何を考えてるのか全く読めない!

そしてここから更に釘を刺さされる様な事実が明らかとなった。

絶えず愛らしい笑顔を振りまく彼女達の表情がどこか幼い。

女性というよりは女の子という言葉の方がよく馴染む。

まさか……

そう、そのまさかだった。

彼女達は未成年。

そしてなんと16歳!

もしもこの少女達に手を出したとなればヌーディストビーチの暗黙のルールどころか国の法律にまで事が及びかねない。

「裸の日本人男性!白昼堂々、未成年に淫行の容疑で逮捕!」

こんな間抜けな見出しが新聞にでも飾られた日には国外追放は疎か日本にも居場所がなくなってしまう。

しかしこの光景を一体誰が想像できただろう。

30過ぎの裸のおっさん2人に16歳の初々しい少女達。

それこそ仔羊がオオカミの群れの中に飛び込んでくる様なもんじゃないか。

もしこの子達の親御さんがこれを知ったら何を思うだろうか。

自分の可愛い娘が変な東洋人2人と裸でじゃれ合ってるなんて知ったら心穏やかではいられない筈。

そんな親の心境を思えばこそここで踏み止まらなければならないのは人の道理。

それに僕らは未成年を守らなければならないという社会的立場にある大人だ。

ここで道を踏み外せばそれこそ犬畜生にも劣ってしまう。

さぁ そうと決まれば大人の余裕というやつを見せつつ得意のくだらないギャグで場を盛り上げてやろうじゃないか。

しかしこの時点でもう既に彼女達の興味の矛先はあもう一人の彼、裸の日本人へと向けられていた。

世界中を旅して周ってきた彼の知識が豊富なのは確かだ。

そりゃ話だって面白い。

だが、英語力やコミュニケーション能力なら彼より僕の方が上をいっているのは間違いない。

持ち前の明るさでくだらないジョークを連発し、その場にいる全員を笑いの渦に巻き込む!

これが数年前ならいざ知らず、完璧とは言えないまでも今の僕ならそれを英語で出来る自信がある。

それだけ過去に多くの修羅場をくぐり抜けてきた経験と自負があるからだ。

僕の放つ一言に皆が湧き立ち、笑い、次は何をしてくれるんだと期待の眼差しを僕に向ける。

そう、そんな笑いの中心に僕はいるはずたった。

それが目立ちたがり屋の僕が頭の中で想い描くシナリオだったのだ。

こんな筈じゃなかった……

しかしもうこうなってしまった以上、何をしてもここから挽回はまず望めないだろう。

ただただ聞き手に回るしかないこの危機的状況にもはや打つ手は何も残されていなかった。

そしてここから話題の中心が彼一本に絞られる事で更に盛り上がりをみせたその時!

「ねぇ 明日、私と何処か遊びにいかない?」

と、女の子の一人から彼にデートのお誘い。

さて、どうする裸の日本人よ?

(そういう僕も裸だが)

未成年とはいえこんな美人からのお誘いなど滅多にあるもんじゃない。

そしてこの女の子と何かあっても黙っていれば誰にもわからない。

「あ…カジくん お願いだからこの事は絶対に内緒にしておいてもらえないかな…?」

と、僕に口止めをしておけばいいだけの話だ。

これで彼のメンツは保たれる。

さぁ見せてくれその笑顔の裏に隠された本性を!

越えてはならない一線を越える覚悟があるのかを!

そして彼の口から出た答え……

「ごめん 俺 明日もここに来ないといけないから」

彼の中にあるのは決して揺らぐ事のない裸に対する真っ直ぐな信念だけだった。

美少女とHappy Ending を迎える事よりもこのヌーディストビーチを!裸になる事を!

他の誘惑を全て切り捨てて彼はその答えを選んだのだ。

それは義務感なのかはたまた使命感からなのか……

いずれにせよ彼の絶対的な "裸の信念" は他の追随を許さない程大きく、そして我々の想像が及ばない程、彼にとってそれは崇高なものなのかもしれない。

ヌーディストビーチに突如として現れた白人の美少女達。

もしも彼女達と同世代であったなら或いは……

無邪気に微笑む彼女達の表情を見ながらそんな思いがふと頭を過った。

平和を象徴するかの様な穏やかな時間が流れ続けるヌーディストビーチ。

日も落ちかけていた夕暮れ時のビーチにはまだ多くの人が名残惜しそうに、不規則に揺れる白い波頭を眺めていた。

ゆっくりと沈んでゆく紅の夕陽を眺めながら裸の一日は静かに終わりを告げていった。

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